LIFE LOG(自分ルーツ綴り。)

自分のルーツを辿りたい!拾参 〜備後国の父方ご先祖~

今回は、備後(びんご)の父方ご先祖の話になります。
※父の名字は比較的珍しいので、ブログやTwitterに書けませんm(__)m


備後(広島県東部)地図




まず、以前この記事で少し触れた “○○右衛門” は、私の曽祖父です。
そして、父方祖父母はいとこ婚でした。


父の戸籍を見ると、昭和に備後の佐藤家や、海野(うんの?)家に嫁いでいるかたがいました。

少し調べたところ、

44、備後の佐藤氏 桑田氏の家士に佐藤氏あり。

まずはこの項目に注目しましょう。

ググってみると、「備後」は広島県の東半分、「家士」とはやっぱり家臣の事。

ってことは、備後(広島県)の桑田氏の家臣に佐藤さんがいたってことだ!


家系図作成代行センターブログより引用

らしいです。(※備後に佐藤姓・桑田姓の知人がいます)


・海野の方は、Twitterでご先祖を探されているかたと情報交換ができました。


戸籍(除籍謄本)の画像(プライバシー保護のため、広範囲写せません)


海野氏について少し調べると、南北朝から室町時代に海野氏と村上氏らが対立しているようなので、とても興味深いです。


▼私の母方祖母が村上姓ということで・・・

村上姓の由来については、信濃国更級郡村上郷の地名からとされる。盛清や顕清から村上姓となったとする説の根拠であり、その父仲宗からの姓だとしても、上皇への呪詛が発覚する前に仲宗は信濃に所領を有しており、それが村上郷だったのではないかとされる。これは、越後に配流された顕清が後に村上郷に移ったとする説(子が村上姓となっている)があるように、仲宗の一族にとって村上郷が縁のある場所だったのではと考えられるからである。

源頼清からとする説では、村上天皇の第四皇子為平親王が村上姓を賜り、その子源憲定(村上憲定)の娘婿に源頼清がなったことが由来とされる。ただし、この説は十分な確証を得られていない。


Wikipediaより引用

↑後半、>この説は十分な確証を得られていない。
ここが気になりますが、調べ倒したらハッキリするものなのでしょうか?


父の戸籍にあった地名と名字を書ける範囲で書いておきます。

備後→藤井、河上、池本、石岡、徳毛、永原、藤岡、藤原、小山?、小寺?

岡山県都窪郡早島町→南葉?

東京都足立区→大石


ブログを読んで、もしかしたら親戚かも?というかたがおられたら、iyokoroots@gmail.com 宛にメールください。

【完全に私の推測なのですが、父のご先祖を辿って辿って辿りまくると、九州にルーツがある気がします。
そのあたりもブログ等に詳しく書けませんが、どんな小さな情報でもご提案いただけますと幸いです。】


私のご先祖・ルーツを辿る記事は、随時更新予定。
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